コロナ禍の海外出張記 -2022年4月 シンガポール

UPDATE :
2022. 06. 01

はじめに

事実上の鎖国が6月から解けた日本、訪日インバウンドの本格的再開に向けては、まだ少し時間がかかるが、光明が見えてきた。2022年1-3月期の「日本人」による国内旅行消費額は、2.2兆円、21年比では35.4%増と回復傾向にあるが、コロナ禍前の19年比では47.7%減と、約1兆円を失っている計算になる[i]。

この1兆円、19年1-3月期の訪日外国人旅行消費額の1.2兆円[ii]と偶然にも金額が一致するところである。鎖国を解き、訪日外国人による外貨獲得に舵を切ることは、日本経済の回復に向けても正しい判断であろう。なお、19年1-3月期の総旅行消費額(日本人、外国人消費の合計)は5.4兆円、22年同期は2.2兆円と、58.3%減である(図表1参照)。

[i] 観光庁「旅行・観光消費同恋調査」https://www.mlit.go.jp/common/001481942.pdf

[ii] 観光庁「訪日外国人消費動向調査」https://www.mlit.go.jp/common/001299805.pdf

単位:億円 日本人
国内旅行消費額
訪日外国人
旅行消費額
総旅行消費額
2019年1-3月期 42,109 11,517 53,626
2022年1-3月期 22,032 352 22,384
2019年比 ▼ 47.7% ▼ 96.9% ▼ 58.3%

図表1 日本人、外国人旅行消費額の比較 出所: 観光庁
注)2022年の外国人旅行消費額は試算値

入国時の隔離無しでの海外との往来再開は、欧米豪を中心として、東南アジアも積極的に進めている。その中でもシンガポールが先んじており、2022年4月1日[ⅲ]から、国や地域を問わず、ワクチン接種を条件に、隔離や待機措置を伴わない形での往来を再開した。

その報道を受け、筆者は旅行、メディア関係者へのセールスコール、駐在時代の友人等との再会も兼ね、4月5日から5日間、シンガポールに渡航した。筆者にとって2年ぶりの海外出張、その手続き等について紹介するとともに、海外との往来再開後の4月のシンガポールの入国統計から、海外旅行意欲の高い国、地域を探りたい。

[ⅲ] 正確には3月31日午後11時59分以降

シンガポールの入国条件

冒頭の通り、シンガポールへの入国について、22年4月1日から、国、地域を問わず、ワクチン接種(最低2回)を条件として、隔離や待機措置無く出入国が可能となっている。また、渡航目的も問われないため、短期の商用での出張はもちろん、観光目的での入国も可能である。

本稿執筆の6月現在では、入国条件が更に緩和され、4月5日時点では必要だった出発2日前以内のPCR検査または抗原検査の陰性証明が、4月26日以降の入国では不要となっている。証明書の取得に1万5千円から高いところでは4万円と費用がかかっていたことを鑑みると、シンガポール渡航のハードルが更に下がったことになる。現在の入国条件については、以下シンガポール政府の入国者向けWEBサイトをご参照頂きたい。

https://safetravel.ica.gov.sg/arriving/overview#after31

シンガポール出張の手配

シンガポールの海外との往来再開が発表されたのが2022年3月24日、そのニュースを目にして、筆者はすぐに手配に入った。なお、4月1日以前は、日本からのシンガポール渡航に関し、観光や短期出張は不可、シンガポール滞在のビザを持っていても1週間の隔離が必要であったことから、「目的問わず、隔離無しでの入国可能」は大きなニュースであった。

まずはシンガポールまでの足の確保と、日系の航空会社をオンラインで手配、幸いにも1日1便の運航があり、往路は成田-シンガポール、復路はシンガポール-羽田となった。金額は、コロナ禍前のよりは3割程度上がった印象で、サーチャージ込みで9万円程度である。

ホテルに関しては、全世界からの受入再開を受け、相場もコロナ前に戻っている印象で、2つ星ホテルで1泊7,000-10,000円程度、3つ星の低廉なインターナショナルブランド(Holiday in Express等)でも15.000円程度と、強気の価格設定であった。

コロナ禍での出張の違い

航空券、ホテルまでは通常だが、コロナ禍での海外渡航では、渡航先の入国条件のチェックと準備が最も気を遣うところで、諸条件と筆者の対応について、以下の通りである。

シンガポール側条件 筆者の対応
ワクチン接種証明 ・最低2回接種、要デジタル証明書 ・デジタル庁(日本)の接種証明書アプリを利用(英文の証明書も表示可能)
陰性証明 ・出発2日前までの、指定機関でのPCR検査もしくは抗原検査の英文の陰性証明書 ・京都駅前のクリニックでの検査(出発2日前の朝)

・クリニックによるメールでの英文証明書発行(検査、英文証明書発行で計1万5千円)

出入国カード ・オンラインでの事前申請(到着72時間前から申請可能)

・ワクチン接種証明と陰性証明のアップロード

・陰性証明が発行された、出発2日前の夜(4月3日)にオンラインで提出

 

接触追跡アプリ ・いわゆる「ワクチン・パスポート」となる、シンガポール政府開発の“Trace Together”アプリのインストール
*ショッピングモール、飲食店、公共施設入場の際にアプリを起動してのチェックインの作業が必要
・日本国内でインストール、アプリ内でパスポート番号を登録

図表2 シンガポール入国の諸条件と筆者の対応

日本出国、航空機内

成田空港での航空会社のチェックインは20分程度を要した。ワクチン接種や陰性証明の発行機関、検査から何日以内か等、各国により条件が異なるため、チェックインカウンターでは、グランドスタッフが各国の条件と照らし合わせながら、筆者の書類の確認を行っていた。

搭乗券が発行され、日本の出国審査を通過した際には、「第一関門を突破した」と、これまでの海外出張では味わったことのない安堵感を覚えたのを記憶している。お恥ずかしいことに、国内線感覚でペットボトルのお茶を持ち込もうと、セキュリティチェックの際に鞄から取り出したが、国際線ではそもそも持ち込めないことを検査の方に指摘されるという、小さなエピソードもあった。

出国後の空港内は、人はまばらであったが、免税店や飲食店は半分以上オープンしていた。機内は3割ほどの搭乗率で、乗客、客室乗務員がマスクをしている以外は、コロナ禍前と同様のスタイルでの機内食の提供等、特別な変化は無く、快適に過ごすことができた。

機内で食事やお酒を飲むという行為も2年ぶり、機内でのビールがこんなにも美味しいのかという感動も覚えた。コロナ前まで当たり前であったことも、最初の海外渡航では小さな感動や失敗のエピソードとなり、コロナ禍後の有効な顧客体験とは何かについて、考えるきっかけともなった。

図表3 出国後制限エリアの免税店

シンガポール入国

到着したチャンギ空港は、成田とは一転、多くの利用客で賑わっており、特に東南アジア、南アジア出身と思われる旅客が多く見られた。入国審査は、事前のオンライン申請かつ、証明書類も事前にアップロードしているため、拍子抜けするほどスムーズで、パスポート以外に必要なものは無かった。

万が一に備え、接種証明や陰性証明を紙媒体でも持参していたが、全く不要であった(日本への入国時も、事前取得の証明書類の紙媒体での提出や提示は不要であった)。さらに、体温や体調のチェックも無く、着陸から20分後には、荷物も受け取り、タクシーに乗車出来たのも、コロナ禍前のシンガポールと変化無いところであった。

図表4 シンガポール・チャンギ空港制限エリア内

シンガポール国内のコロナ対策

日本との大きな違いが、準備編でも紹介した接触追跡アプリ“Trace Together”の利用である。シンガポール国内では、住民及び外国人も必携のもので、最低2回のワクチン接種を条件として、ショッピングモールや飲食店、公共施設への入場を許可するためのアプリである。チェックインや接触記録には、QRコードやBluetoothの通信機能を利用している。

なお、外国人入国者の接種記録は、パスポート番号と紐付けられており、シンガポール入国後4時間程度でワクチン接種済みの表示が筆者のアプリ上でも反映された(図表5)。

アプリの画面上部には、 Bluetoothを利用し、周囲にいる人の人数が表示され、チェックイン先が時間とともに記録され、アプリ上で個々人の行動記録が管理されている(図表5)。

マスク着用については、4月1日以降、屋外での着用義務が任意に緩和、屋内では飲食時以外は引き続き着用が義務となっている。屋外は、任意ではあるものの、8割方は着用しており、シンガポールの衛生観念の高さを改めて感じた。

図表5 Trace Togetherアプリのトップ画面 

図表6 Trace Togetherアプリ上での筆者の行動記録

図表7 4月9日(土)の繁華街オーチャードロードでのマスク着用状況

シンガポールでのセールスコール

往来が再開となったとはいえ、日本含め海外からの出張者はシンガポール政府観光局の想定よりも少ない様で、旅行、メディア業界のキーパーソンとのアポを容易に取ることができた。

また、「往来再開」はシンガポール人にとっても自由な海外旅行を意味する。筆者の出張時点では、欧米豪、タイ、マレーシア等、旅行先での隔離も無く、シンガポール帰国時の7日間の隔離も4月1日で撤廃、シンガポール航空が早速オンラインセールを行うなど、需要喚起策が打たれていた。

外部環境からは、海外旅行機運が高まっている状況であったが、「シンガポール人は日本の開国を待っており、最初の海外は日本を希望している」という声を、旅行会社やメディア関係者から多く聞くことができた。コロナ禍前は、1年に人口の10人1人が訪日するなど、日本人気に変化はなさそうである。

日本帰国

日本への帰国に際して、出発72時間前までの検査の陰性証明の取得、MySOSアプリのインストールが求められる。シンガポール政府が要件としていた2日以内と比較し、72時間前までというのは、時間的余裕もあり、とかく批判されがちな日本の水際対策であるが、評価できるポイントであろう。検査と日本政府のフォーマットでの証明書発行に約1万円を要した。

帰路の機内は、シンガポールからの日本人の一時帰国需要を反映してか、5割以上の搭乗率であった。深夜便で、羽田到着は朝の5時45分(4月10日)、税関を出たのが7時30分と、1時間半かからずに入国出来たことになる。

当時は、「3時間は覚悟した方が良い」と、報道やアドバイスを聞いていたが、これも良い意味裏切られた形であった。報道の通り、空港内をスタンプラリー的に長距離歩かされるものの、それぞれの手続きに時間はかからず、PCR検査(もしくは抗原検査だったかもしれない)の結果待ちの時間(筆者の場合45分)がボトルネックと考えられる。

6月以降の水際対策の緩和、対象国からの入国時の検査不要化により、30分で入国できたという報道も有り、検査不要となったことは、インバウンド再開に向けても大きな前進と言える。4月26日から、シンガポール政府が出発前の検査も不要と更に緩和した様に、「出発前のPCR・抗原検査不要」が世界標準となるのだろう。

往来再開後のシンガポールの入国者数

4月から海外との本格的往来が再開されたシンガポール、同月の海外からの入国者数は29万人と、コロナ禍での最多を記録した。これは、21年同月比で11.4倍、前月比で2.4倍である。また、前年通期(21年)での入国者数が約33万人であることから、年間の入国者数のほぼ9割が4月単月で入国、これが往来再開のインパクトである。

再開された4月について、入国者の国、地域別の統計が公開されており、図表化したものでいくつかご紹介したい。なお、注意頂きたいのは、シンガポールの入国統計は「居住地」で集計されており、日本の入国統計が「国籍=パスポート」ベースで集計されているのと異なる点である。大勢に影響はないものの、例えば、図表8でUAEが19位に入っているが、これはおそらくUAE在住の外国人がシンガポールに多く入国したと考えられるなど、外国人が多く住む国、地域には注意が必要だ。

 

まず、人数ベースで順位付けをすると、オーストラリア、アメリカ、イギリスが上位に入っていることが注目に値するだろう。オーストラリアは距離も比較的近く、コロナ禍前の順位も4位であったが、3位とマレーシアも上回っている。逆に順位を大きく落としているのが、日本、台湾、中国で、特に中国は、コロナ禍前はダントツの1位だったことを考えると、ゼロコロナ政策の影響が、海外旅行需要に水を差していることが明らかである。

図表8 シンガポール入国者数の比較 出所: シンガポール政府観光局

次に、22年4月を21年、19年との比較で、伸び率を見ていきたい(図表9)。21年比で伸び率(棒グラフ)が最も高いのがオーストラリアで、イギリス、ドイツ、カナダ、スイス等欧米豪の伸び率が著しい。19年比では、折れ線グラフが落ち込んでいる(低い)のが減少率の高さを示し、中国、台湾、日本と、コロナ禍前との差が顕著となっている。

図表9 シンガポール入国者数の比較 出所: シンガポール政府観光局の統計を元に筆者作成

最後に、国、地域別のシェアについて、2022年4月と19年4月を比較したものが図表10である。各国、地域との距離について、シンガポールと日本は異なることから、日本のインバウンドの再開時に狙うべきターゲット市場の参考とするには弱い資料であるが、旅行需要の旺盛さや中長期的な視点での検討資料として活用頂けるのではないだろうか。

図表10 シンガポール入国者の国、地域別シェア 出所: シンガポール政府観光局の統計を元に筆者作成

これからの訪日インバウンド

人数ベースでも、人口の多いインドがコロナ禍においてシェアを伸ばしている。シンガポール国内にインド系住民も多く、距離も欧米に比べ近いことから、インド人に最も好まれる旅行先であることが、コロナにより加速した形だ。旺盛な海外旅行需要、経済発展と個人所得の上昇により、訪日でも有望な市場となることは間違いないだろう。その他人口の多い、インドネシア、ベトナムも有望だ。

訪日再開直後の最有力市場として考えられるのはオーストラリアだろう。2021年比での伸び率トップ、2019年比でのシェアの伸び、日本からの距離においても欧米と比べて優位であることが理由である。また、シンガポールについても、その経済的余裕や訪日への関心度の高さ、シンガポール航空の日本路線重視の姿勢等、打てば響く市場として位置づけられる。

一方で、日本は例外として、帰国時の隔離等で制限のある香港、台湾、中国の低迷は、シンガポールの入国統計を見ても明らかである。受地側(本稿の場合はシンガポール)がいくら往来を再開の為の緩和を行っても、発地側での制限があるうちは、当該国、地域からの海外旅行需要は見込むことが出来ないことがシンガポールの統計から示された。これらの国や地域への、情報発信や最低限のプロモーション活動は、発地側の緩和を見越し続けるものの、インバウンド再開直後の現時点においては、これまでのターゲット市場を一時的にでも変え、インバウンド誘客に取り組む必要があるだろう。

PROFILE

プロフィール

清水 泰正 しみず やすまさ

公益社団法人京都市観光協会 アドバイザー

日本政府観光局(JNTO)にて、日本のインバウンド誘致に14年間従事、うち9年を香港、シンガポールに駐在、海外の現場でのマーケティング、誘致施策を実践、現地視点での誘客、データに基づく分析力を磨く。香港にてJapan Tourism Research & Consultancy Limited社設立、代表取締役社長就任(2018年6月)。
香港、シンガポール等、個人旅行、英語圏アジア市場をフィールドとして、訪日インバウンドに関する調査、戦略立案から、広報、イベント実施まで、ワンストップでのソリューションを提供。

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