マカオに見るインバウンド再開後の変化 -消費単価とターゲティング

UPDATE :
2020. 12. 25

SUMMARY

マカオでは7月以降、中国本土からの受入再開が始まり、観光イベントが再開されているが、新規感染者は発生していない。ただし、ホテルの客室収益指数は前年同時期の3分の1程度に留まっている。「買物」「親族友人訪問」目的での来訪が増えているが、これらの訪問者の消費単価が下がっているため、消費喚起が課題となっている。また、MICE分野では、学会や会議が減る一方で、イベントは微増となっている。

はじめに

2020年11月の訪日外客数は、JNTOの推計値で56,700人と、同5月に記録した1,633人からは回復傾向にある。現状、駐在員や留学生、ビジネス目的での入国のみで、観光目的での海外との本格的往来は、東京オリンピック前後に再開とみられている。

そのような中、マカオは中国本土との往来を2020年7月から地域別に段階的に再開、9月23日からは受入対象を中国全土に拡大。PCR検査での陰性証明が必要なことを除けば、入境後一定期間の隔離の必要が無く、コロナ禍前と同様の手続きとなっている。

このように、マカオは観光目的も含めた形での、中国本土との往来をいち早く再開、コロナ禍におけるインバウンド観光の先進事例と言えるだろう。7月のインバウンド観光の受入再開から約半年が過ぎ、マカオの観光業界にはどのような変化があったのだろうか。11月に発表された2020年第3四半期(7-9月)の観光統計から読み解いていきたい。訪日インバウンド再開後の見通しや誘客の参考になれば幸いである。

※マカオと香港は、いずれも中国の「特別行政府」として、中国本土やマカオ-香港間の往来に関し、独自の出入境管理が中国返還後から行われている。つまり、日本人等の外国人が香港からマカオもしくは中国本土に入る際には、パスポートが必要である。

マカオのインバウンド事情

マカオの総人口は約68万人、面積は約33平方キロと、京都市内との比較で、上京、中京、下京、東山区の合計面積(約29平方キロ)に近い。同4区の人口は約32万人(平成27年国勢調査)であるので、マカオの人口密度はほぼ倍となる。面積が限られることから、国内観光はほぼ見込めず、観光業界はインバウンドに立脚している。

2019年のマカオ訪問者数は約2,800万人、そのうち7割が中国本土からと、中国本土への依存度が高いことが分かる。そして、コロナ禍における2020年10月は、総数で約58万人と、前年比81.9%減となった。地域別では中国本土からの比率が92.7%と更に高まった。また、中国本土、香港、台湾以外からの訪問者数が1人もしくは0人と、中華圏以外には厳しい入国規制を行っていることも分かる。

国・地域 来訪人数 比率
1 中国 27,923,454 70.9%
2 香港 7,353,396 18.7%
3 台湾 1,062,727 2.7%
4 韓国 742,756 1.9%
5 フィリピン 422,923 1.1%
6 日本 295,664 0.8%
7 マレーシア 206,186 0.5%
8 アメリカ 199,733 0.5%
9 インドネシア 169,891 0.4%
10 タイ 151,439 0.4%
総数 39,406,181 100.0%

図表1 2019年のマカオ訪問者数 
出所:マカオ政府観光局

国・地域 来訪人数 比率
1 中国 539,482 92.7%
2 香港 37,909 6.5%
3 台湾 4,574 0.8%
4 フィリピン 1 0.0%
4 イタリア 1 0.0%
4 マレーシア 1 0.0%
4 タイ 1 0.0%
4 インドネシア 1 0.0%
4 ブラジル 1 0.0%
該当国無 0 0.0%
総数 581,986 100.0%

図表2 2020年10月のマカオ訪問者数 
出所:マカオ政府観光局

2020年の中国本後からのマカオ訪問者数の推移

中国本土からの訪問者数は、 2020年4月(10,500人)に最低を記録したあと、7月以降中国本土からの受入再開が始まり、10月には約54万人と50倍以上に増加している。10月は、旧正月に次ぐ中国の大型連休シーズンであるが、前年比での伸びが緩やかになっており、マカオ政府観光局によると、期待ほどの伸びにはつながらなかったという。原因として同局では、マカオ通行証の中国本土側での発給遅延の影響、マカオのインバウンド受入再開の認知度不足、の2点を指摘している。

10月の伸びは期待ほどでは無かったものの、マカオ内での観光イベントの再開が続いている。11月20日から、モータースポーツのマカオグランプリが例年より1日短い3日間の会期で実施された。入場者数は延べ5万人と、前年の4日間8万6,000人に迫るものだったという。また、12月6日にはマカオ国際マラソンが開催され、前年並みの1万2,000人が参加した。12月も引き続き中国本土、香港、台湾以外からの入国が事実上難しいため、マカオ市民や中国本土からの参加者が多数を占め、大会前7日以内のPCR検査の陰性証明と当日スタート前の検温と健康申告が参加条件だったという。

このように、マカオでは大型観光イベントの開催が続き、インバウンドの全面再開に向け動き出しているようである。なお、マカオでの新型コロナウイルス感染者は、2020年6月27日を最後に確認されておらず、2020年12月現在死亡者数、入院者数ともに0人となっている。

※ マカオや香港人が中国本土に入る際には、回郷証と呼ばれるいわゆるIDカードをパスポート以外に取得する必要がある。また、中国本土の住民に関しては、マカオ、香港に入る際に、いわゆるビザに当たる通行証の取得が必要となっている。

中国からのマカオ訪問者数推移

図表3 中国からのマカオ訪問者数推移
出所:マカオ政府観光局

ホテル客室稼働率とRevPAR

マカオ訪問者数が増加してきていることが分かったが、観光業界のへの経済効果はいかがだろうか。

中国本土とは陸路での往来も可能なことから、隣接する広東省からの訪問者を中心に、日帰り客も多いのがマカオのインバウンド業界の特徴で、滞在日数を増加させ、宿泊につなげる事が課題である。

ホテルの客室の平均単価、稼働率、そしてこの2項目をかけ合わせたRevPARの推移を見てみると、2020年5月を底に回復傾向が続いている。10月は来訪者数の伸びこそ高くは無かったものの、国慶節の連休での宿泊客が増加、5つ星ホテルを中心に単価、稼働率共に向上し、RevPARでは5,000円台を回復した。ただし、2019年のRevPARは、14,000円を超えていたことから、コロナ禍においては、例年の1/3程度にとどまっている状況である。

2020 2019 RevPAR差
ADR OCC RevPAR ADR OCC RevPAR
1月 ¥19,101 78.5% ¥14,994 ¥16,988 93.0% ¥15,799 -5.1%
2月 ¥13,887 11.9% ¥1,653 ¥19,401 91.7% ¥17,791 -90.7%
3月 ¥14,366 20.1% ¥2,888 ¥17,397 90.8% ¥15,796 -81.7%
4月 ¥8,519 10.0% ¥852 ¥17,415 93.5% ¥16,283 -94.8%
5月 ¥9,078 9.3% ¥844 ¥17,185 90.4% ¥15,535 -94.6%
6月 ¥9,996 9.8% ¥980 ¥17,472 90.0% ¥15,725 -93.8%
7月 ¥10,930 10.5% ¥1,148 ¥17,739 93.2% ¥16,532 -93.1%
8月 ¥11,465 12.0% ¥1,376 ¥18,694 93.5% ¥17,479 -92.1%
9月 ¥10,258 16.4% ¥1,682 ¥16,870 85.4% ¥14,407 -88.3%
10月 ¥13,512 42.8% ¥5,783 ¥17,999 88.6% ¥15,947 -63.7%

図表4 
出所: マカオ政府観光局統計を元に筆者作成、1パタカ=13円で計算

訪問目的の変化と消費単価

経済効果について、次に訪問目的別での構成比と単価の変化を見てみたい。表は、コロナ禍の2020年7-9月期と2019年7-9月期を比較したものである。コロナ禍においては「観光」が減少、「買物」「親族友人訪問」が増加していることが分かる。

対照的に、1人当たりの消費単価では「観光」目的8割以上増加したのに比べ、「買物」目的では約半減という結果になった。また、「親族友人訪問」目的では微増にとどまっている。

「ビジネス」、「MICE参加」目的については、構成比に変化は見られないものの、「ビジネス」目的の単価が約1.5倍になった一方、「MICE参加」の単価は約1/4にまで減少している。これは、個人の意識が影響していると考えられ、ビジネス目的よりもMICE参加の方がより「義務的」と捉えることができるため、コロナ禍においては消費意欲が低下していると推測する。

考慮すべき事項は他にもあるものの、この観光統計から導き出されるものは、以下の3点である。

  • コロナ禍における誘客では、人数をKPIとする場合には「買物」「親族友人訪問」等の目的意識の高い層をターゲットとすることが効率的
  • 消費額の点では「買物」「親族友人訪問」の単価が減少しており、消費のモチベーションをいかに高めるかが鍵
  • コロナ禍におけるインバウンド再開直後の「MICE参加」目的は、単価が低いことから、他エリアへの訪問意欲も低いと考えられる。MICE参加者への消費額での過度な期待は当面禁物
目的 比率 1人当たり単価
2019年 2020年 2019年 2020年
観光 51.7% 11.5% -40.2 ¥2,231 ¥4,095 83.5%
買物 6.0% 29.1% 23.1 ¥2,044 ¥1,055 -48.4%
ビジネス 4.5% 5.8% 1.3 ¥865 ¥2,087 141.3%
MICE参加 0.5% 0.6% 0.1 ¥4,319 ¥1,154 -73.3%
親族友人訪問 3.6% 23.9% 20.3 ¥1,335 ¥1,360 1.9%
ゲーミング 3.2% 1.2% -2 ¥824 ¥1,747 112.0%
トランジット 19.5% 0.2% -19.3 ¥303 ¥5,491 1712.2%
その他 11.0% 27.7% 16.7 ¥574 ¥306 -46.7%

 

図表5 訪問目的別割合と1人当たり単価 第三四半期(7-9月期での比較)
出所: マカオ政府観光局統計を元に筆者作成、1パタカ=13円で計算

MICEへの影響

コロナ禍におけるMICEへの影響を見てみたい。こちらの表も2020年7-9月期と2019年7-9月期を比較したものになる。MICE全体では開催件数で約8割減、参加人数では約半減となっている。

種類別では、MとCの会議、学会、国際会議等が開催件数、人数とも大幅に減少している一方、Eの展示会、見本市等については、件数、人数共にいずれも約4割減と比較的影響が小さくなっている。なお、団体行動による来訪が中心となるIの報奨旅行(インセンティブ)については皆無だった。

イベントの日数が、MCにおいて減少している一方で、Eにおいては微増となっている。開催件数の減少幅が相対的に小さかった事に加え、1回当たりの日数にも影響が小さかったことから、コロナ禍でのインバウンド再開の初期段階では、Eの展示会、見本市を狙っていくことが経済効果の面で有効であろう。

種別 イベント数 人数 日数
2020 2019 前年比 2020 Q3 2019 前年比 2020 Q3 2019 前年比
MICE総数 63 341 -81.5% 297,157 582,723 -49.0%  1.1  1.6 -31.3%
Meeting & Conference 53 320 -83.4% 3,428 56,142 -93.9%  0.7  1.5 -53.3%
Exhibition 10 17 -41.2% 293,729 525,601 -44.1%  3.6  3.5 2.9%
Incentives 0 4 -100.0% 0 980 -100.0%  1.8 -100.0%

図表6 MICE開催件数と参加者数 第三四半期(7-9月期での比較)

最後に

コロナ禍において、インバウンドを早期に再開し、新規感染者もこれまで出ていないとい言う点で、成功事例となっているマカオの現状を概観してきた。中国本土との近さや宿泊割合が低い等、日本に状況を置き換えることはできないものの、インバウンド再開後も、人数、消費単価共に、短期間での需要の回復が遅いことは留意すべき点となるだろう。今後の見通しについてマカオ政府観光局では、2020年内は、月間の来訪者数が100万人を越えることは無いと控え目な分析を行っている。

訪日インバウンドの再開も、対象国、地域を、北東アジアから東南アジア、オセアニアと段階的に拡げて行くことになるだろう。各種調査からも、各地域での訪日意欲の高さは証明済みであるが、インバウンド受入を再開した先行事例を参考にしながら、ターゲットの絞り込みと誘客手法について、常にアップデートしていくことが肝要だろう。

PROFILE

プロフィール

清水 泰正 しみず やすまさ

京都市観光協会アドバイザー Japan Tourism Research & Consultancy Limited

14年間の日本政府観光局(JNTO)勤務を経て、インバウンドに関する戦略コンサルタントとして独立
シンガポール、香港での計9年間の駐在を通じ、マーケットインの視点での誘客、データに基づく分析力を磨く
Japan Tourism Research & Consultancy Limited社 代表取締役、(社)日本フォトウェディング協会顧問

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